shining star






深夜、仕事を終えてマンションに戻ると、管理人から荷物が届いているとメッセージが残されていた。
ここは、マンションではあるが24時間体制で、警備員と管理人が待機している。
おれのほかにも、芸能人や、各界の著名人がここに暮らしているらしいが、めったに顔をあわせることはない。
部屋数のわりに家賃は驚くほど高いが、ホテル並みのサービスが受けられるため、おれはとても重宝している。それも、今のおれの稼ぎでは、気にするほどのものでもないし、事務所も人気に見合った住まいを選べと言うので、今年に入ってからここに住んでいた。
20畳ほどのリビングに、おしゃれな家具。大画面のテレビにオーディオセット。防音抜群の小さなスタジオ。広いベッドルームにはバスルームが備わっている。眺めのよいテラスには、アジアンチックなテーブルとイス。ひとりで住むにはちょうどよい広さだ。
車のキーとバッグをその辺に放り投げ、大きなソファに身を沈める。
ペアガラスの窓は、ここが都会の真ん中であることを忘れさせるほど喧騒をシャットアウトし、静かな、ぬくもりのない空気だけがおれを支配していた。
煙草に火をつけ、大きく深呼吸する。
今のおれに手に入らないものは何もない。ほしいものは何でも買えるだけのカネもある。ミュージシャンとしての人気も得た。最近では、曲提供の依頼も後を絶たない。デビューして数年だが、おれは音楽業界で富みも名声も得てしまった。
そんなおれが、この世でたったひとつ、真に望むものだけは、手に入れることが出来なかった。
いや、一度は確かにこの手中におさめたのだ。もう離さないと神に誓ったのだ。
なのに、おれは・・・・・・
おれは、それがおれの手の中にあることに満足し、今度は自己欲を満足させることに夢中になった。
その結果、いちばん大切なものを失くしてしまった。しかも、苦しめ傷つけて・・・・・・
短くなった煙草を灰皿に押し付け、管理人室へ連絡した。








*****     *****     *****








しばらくすると、荷物が届けられた。
何の変哲もない小さなダンボール箱がひとつ。

送り主は・・・友樹・・・?
友樹とは、あのコンサートの日以来、会っていない。
あの夜、優の眠る場所で一晩過ごし、おれは東京へ戻ったから。すでにスケジュールはいっぱいで、あんな時でさえ、仕事を消化するおれ。

優の死を知って、おれの心は壊れたかと思っていたのに、おれはまだ歌うことができた。
そして、こうやって生きている。
優の死を知って、もうすぐ二ヶ月、いつもと変わらない日常を送っている。
なぜなら、優が最後に望んだから。






―――音楽を通して、人を幸せにすること―――






そう優がおれに望んだから、おれは歌い続けることができる。
いったい何だ・・・?
ダンボールのガムテープをはがし、ふたを開けると、新聞紙がかぶせられ、その上に手紙が置かれていた。
友樹の字で書かれたおれの名前。
封を開けて、手紙を取り出した。
そこには、あの日の非礼を詫びた文章から始まり、おれへの励ましの言葉が綴られていた。
そして、最後のその文章を見たとき、おれはガラにもなく、わなわなと震えた。






『それは、優がとても大事に持っていたものだそうです。あの手紙と一緒にカナダのおじさんから預かっていたのですが、おれは箱を開けることができませんでした。しかし、それでは優がかわいそうだと思い、先日勇気を持って開けました。そしたら、それが出てきたのです。それは、おれが持っているべきものではありません。だから、あなたに送ります。あなたがどうしようと、すべてお任せします』






おれは、箱の中身を隠すように覆っている新聞紙をガサガサと取り出した。








*****     *****     *****








そこには、小さな箱が三つ。
その箱のラッピングには見覚えがある。

その箱を取り上げる手が震える。
これは・・・・・・

箱には、小さな小さなメッセージカードがついていた。






『21歳の先輩へ  優より』






その包みを解く手が震えて、なかなか中身が現れない。早く早くと、せかす気持ちに手が追いつかない。
心臓だけがバクバクと音をたて、耳鳴りのようにキーンと嫌な音が頭にこだまする。
やっとの思いでふたを開けると、そこには想像通り、小さなピアスがひとつ鎮座していた。
頭に甦る優の声・・・・・・






―――毎年違うピアスをプレゼントしたいな―――






次の箱には、『22歳の先輩へ  優より』と書かれたカード。
そして、最後の箱には、『23歳の先輩へ  優より』というカード。
中身は・・・おれが気に入っているブランドのデザイン違いのピアス。
おれは、左の耳朶にふれた。
そこには、優に20歳の誕生日にもらったピアス。一度も外したことはない。
先のことなんて考えず、ただ音楽という夢について語りあったあの頃。
いつも傍らで笑顔を絶やさず、飽きもせずおれの話を聞いてくれた優。
雑誌を見ながらポロリとこぼした言葉を聞き逃さず、おれの誕生日に贈ってくれたピアス。
もっといいものをつけろといわれても、おれはこのシルバーのピアスしかつけなかった。
あの日、誓い合った。
おれの誕生日を祝ってくれるのは、優だけだと。
そして、優もおれだけだと言った。






優はそれを覚えてくれてたんだ・・・・・・
だけど、おれはどうだ・・・・・・?






優の18歳の誕生日。
すでにおれのもとを去ろうと決めていたであろう優をひとりぼっちにし、おれはここ東京でデビューに向けて最終段階の準備に追われ、電話のひとつもしなかった。

優の19歳の誕生日。
優のことは未練たらしく忘れないでいたけれど、おそらく仕事に追われ、誕生日のことなんて頭になかったはずだ。

そして、優が迎えることのなかった20歳の誕生日。
その三日前に優の死を知ったおれは、その事実を認めたくなくて、コンサートに没頭しようと努め・・・・・・やはり忘れていた。

結局、互いの誕生日を一緒に過ごしたのは、たった一度だけ・・・おれの20歳の誕生日だけ・・・・・・






あれ・・・・・・?
おれ・・・泣いているのか・・・・・・?






知らず知らずに溢れる涙。優の死を知っても、流れることのなかったおれの涙が、今、頬を伝っている。






おれには、まだ流す涙があったんだな・・・・・・






泣いているのに、笑いが漏れる。おれを嘲るように、おれは笑う。
コンサート終了後、友樹から優の死を宣告されて、あまりの突然のことにただ驚くだけだった。
やがて、友樹から優の苦しみを知らされ、おれはやっと優の本心を知ることができた。
優の眠る場所で、優の最後の手紙を読み、優のおれへの愛の深さを知り、なじんだ優の文字が並んだ便箋を濡らして以来、どんなに悲しくても淋しくても涙は出なくなってしまったのに。
なぜなら、頭では、心では、愛されていたと理解していても、それは、優自身の口から語られたものではなかったから。友樹の言葉と、優の手紙という、抽象的なものだったから。
そんなおれが、今やっと、おれへの愛の「カタチ」が見えるものを目の前にし、涙を流している。
このピアスは、優のおれへの愛の証・・・・・・






突然、けたたましく電話の呼び出し音が鳴った。放っておくと、留守電に切り替わる。
『ピーッ・・・山下です。明日は、三上さんのバースデーパーティーをするんで、車は控えてください。朝の9時に迎えにあがります・・・ピーッ』






―――明日・・・?誕生・・・日・・・・・・?
そうか・・・明日でおれ、23歳になるんだ・・・・・・






おれは、優の誕生日も覚えていない、とんでもないバカだが、自分の誕生日だって覚えていない。後にも先にも、誕生日を祝ってもらったことなんて、あの、20歳の誕生日だけなんだ。






23歳・・・・・・?






おれは、あわてて目の前のカードを手に取った。
最後の箱のカードには確か・・・・・

そこにはまぎれもなく、23歳のおれの誕生日を祝う、優のきれいな筆跡があった。






優・・・おまえは・・・・・・






このご時世、世界のどこにいても、買い物くらいできる。
優は、おれに渡すことのできないとわかっていたプレゼントを、どんな思いで買ったのだろうか。
そして、この最後のプレゼント・・・自分の死期を悟っていたという優は、これにどんな祈りをこめたのであろうか。






今ならわかる。
優の願いはただひとつ。
おれのうぬぼれでも何でもなく、ただひとつ。
おれの幸せだけ・・・







優は、それだけを祈って、毎年4月15日を迎えてくれていたのだろう。
そこには、自分の想いを届けようなんて、そんなエゴイスティックな考えはなかったに違いない。
だからこそ、人目につかない場所にそっとしまいこんでいたのだ。






優・・・やっぱり想い続けていれば、気持ちは通じるんだな・・・・・・
おれのところに、きちんと届いたよ・・・優の「祈り」が・・・・・・






おれは、どうしようもないくらい後悔している。
一度も優の誕生を祝ってやれなかったことを。
優がこの世に生まれてきたことを、一度も一緒に喜べなかったことを。
おれたちがこの世に生を受けたからこそ、おれたちは出会うことができたのに!
だけど、優は笑っているだろう。








―――先輩は、ぼくの誕生日を忘れてしまうほど、音楽が好きなんですね―――
―――ほんとにもう仕方ないですね―――







そう言って笑う優が、おれには見える。
優・・・やっと笑って現れてくれたね・・・・・・
おれは・・・ほんとに優を苦しめて悲しませてばっかりで、最後に優の心からの笑顔を見たのがいつだったかも、思い出せないくらいなんだ。
だけど、おまえは、そっちの世界では、ずっと笑顔なんだろうな?
もう、何も嘘はつかなくていいから・・・・・・
優を苦しめるものは、何もないから・・・・・・
だから、おれも、もう優を苦しめたりしない。悲しませたりしない。
優の幸せが、おれの幸せなら、おれは絶対に幸せになってみせる。
そして、この世の中の人々を幸せにしてみせるよ。
優、おれのそばにいてくれよ?
おれがそっちに行くまでずっと・・・・・・






おれは、20歳にもらったピアスを外し、3つ目の箱からピアスを取り出した。
綺麗な星型の細工がほどこされたそれを、ありったけの気持ちを込めて祈るように両手で握りしめた。
優は・・・星が好きだったな・・・・・・
そんなことを考えながら・・・・・・


〜Fin〜

 


                                                                       




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